「津波予見性を無視した東電・政府の罪」林 衛さん講演 原発事故10年を振り返るネット学習会 に参加して

2月27日(土)午後7時~10時
原発事故10年を振り返るネット学習会
津波予見性を無視した東電・政府の罪
-原発事故を招いただけではないー
講演:林 衛さん(富山大学准教授)

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是非、当日のビデオ・学習する会のHPをご覧ください。

放射線被ばくを学習する会

動画(当日のビデオ)のURL

資料のURL



以下は私の備忘録です。
タイトル・構成は私の主観によるものです。

1.北上川と大川小
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左が北上川、右が大川小があった場所
ここはゼロメートル地帯です。
北上川を遡上する津波は全く考えられなかった。
(果たしてそうなのだろうか?)

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校長先生は休暇で不在だった。
現場責任者は教頭先生ら。
助かる手段は全員が知っていた。
(でも、どうして行動できなかったのか?)

2.運命を分けた判断
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裏山に早く登って逃げようという児童を、
冷静に落ち着きなさいと教師が諫めた。

まず、堤防より高い三角地帯へ目指し逃げた。
先頭の生徒は津波が見え、逆の山側へ逃げた。
ところが、後続の生徒は何が起きているのか分からなかった。

学校にいた大川小児童74名、同教員10名、迎えに来ていた大川中生と3名、
人数が把握できていない大川地区住人が犠牲になりました。
現場生存者は児童4名、教員1名

(何人もが山への避難を提案したのに、遭難事故は起こってしまった)

3.あの日、大川小学校の校庭で起きたこと
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14時46分地震発生
その6分後大津波警報が発令されました。
ラジオは聞ける状態で、大津波警報は全員に伝わっていた。

体育館の裏の山は傾斜角わずか9度
校庭の脇の山は低学年の授業で登っている

スクールバスは方向転換を済ませ、避難を進言していた。
迎えに来た保護者は「津波が来る、逃げて」
広報車、防災無線は「津波が来ます。高台へ」
子供たちは「ここにいたら死ぬ」「山さにげっぺ」

でも避難しなかった。
津波が来たのは警報発令45分後、十分に時間はあった。

津波到着1分前まで移動しなかった。
(避けられた事故の謎は何か?)

4.津波の危険性は予測されていた
・沖積平野には、上流からの洪水、下流からの高潮、津波による浸水は繰り返されてきた。
石巻市ハザードマップは、大川小まで400mに迫る3.5kmもの陸上遡上を示していた
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ハザードマップでは津波遡上を示していたが、大川小は対象外。
ハザードマップで危険だと感じるか、安全だと感じるか。
それが問題。

茶色・オレンジなど色のついた部分が津波予想域で、大川小のすぐ近くにまで書かれてある。
右下の図は事故検証委員会で大川小周辺の色のついていないところを切り出している。
全体を映していない。
(そこだけ見ればあたかも津波の危険性は全くないように見える。
そのように、予測地図さえ隠蔽しようとした?)

林氏のパブコメではカラーで公表したが、
検証委員会はそれを受けて画像を公開したが、モノクロにした。
モノクロにすると津波遡上域が分かりにくくなる。
それだけ事故原因を目立たないようにしたかった。

林氏が津波遡上について教職員の研修がどのように扱われていたか、
意見書で示しても検証委員会は検証しなかった。
(何のための検証委員会なんだろう)

5.名取市の検証
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名取市の検証委員会は浸水予想を活かせなかった経緯を掘り下げている
名取市は想定シュミレーションをしていた。
それを住民に知らせなかった。
でも、それを名取市はきちんと公表した。

6.大川小事故検証委員会
市教委はきちんと検証する気がなかった。
そこで文科省も加わった。
前川喜平氏が中心となった。
(大丈夫そうな気がするが?)
問題点
①公平性を理由に遺族を排除。
②予算は石巻市
③「多くの人は裁判を起こさず、我慢している」と発言
④被告は石巻市なのに「現場の教員たちに全責任を負わせられない」と主張
⑤「犯人捜し」を避ける免責や匿名性が逆効果
⑥検証員会は弁護士などで構成され、地域のことを分かっている人がいない。
⑦ラジオで何を聞いていたかを検証せず、媒体があるかどうかを検証

7.一審判決から二審判決へ
・一審同様14億円超の損害賠償責任を認める
・一審は事前対応に踏み込まなかったが、高裁は原因となる事前の学校防災を問題にした
・被災直前の予見可能性を拡大(「大津波警報発令直後」に避難可能)

上告の理由「バットの森に向かうには途中で低地を通る」
先生たちは津波が来ないと思っていたはず。
「低地を通るので」ということは津波の危険性を認識していた⁈

8.「事前の思慮」を欠いた組織的過失
特に重要なのは、校長らの情報収集分析義務を認めた点。
抽象的な危険をあらかじめ検討することを「事前の思慮」という。
判決は「この結果を避けるために」ではなく、
起こり得る結果について「事前の思慮」を尽くしたかという点を中心に過失の有無を判断している。

9.存在していた地図ー裏山へ逃げるー
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津波は堤防を越えることも考えられていた。
裏山方面に逃げ依るようにというマップもあった。

10.昭和9年の地図から読み取るべきことは?
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昭和9年は湿地帯であった。
土地利用は進んでいなかった。
3とか4の数字は津波がその高さまで到達したことを意味している。
ところが、検証委員会はこの図を大川小付近には津波がかつて来なかった理由にした。
間違った地図の読み方をしている。
記載されていないのは人が住んでいなかったので記録されなかっただけ。
間違った地図の読み方をしている。

11.被害想定調査報告(2004)津波浸水予測図
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宮崎県で一番被害が出ることがよくわかる。

12.他の小学校では?
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①雄勝小
・内陸から来た校長は「体育館でいい。山は大変だ」と主張
・地元民は「山に逃げなきゃ」
・地元の先生「違う、山だ」と叫んだ。
逃げて助かった。

②山下第二小学校
校庭でどうしようかとフリーズ。
役場の職員風の人「危ないから逃げろ」
役場まで車を使いピストンで運んだ。
校長「もし、津波がこなかったらどうしよう」「交通事故があったらどうしよう」
役場まで逃げて助かった。

③戸倉小学校
校長:逃げている間に何かあったら困るから、学校に残るべき」
地元民:「逃げなきゃだめだ。」
裏山に逃げて助かった。

3例とも校長は逃げるのをためらった。
大川小と違ったのは、強い調子でリードする人がいたこと。

13.なぜ50分も校庭にとどまったのか?
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①バッファゾーン(浸水予測区域の外側につける)
2004年の時点で、誤差や津波の多様性を補うために
ハザードマップにはバッファゾーン明示が求められていた。
ところが、バッファゾーンが明示されていないハザードマップが、
自治体によって繰り返し使われていた。
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6m15大川小に津波が到達するケース

②裏山比較からいえること
遠足や体育、運動会以上の危険はない。
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ふかふかの杉林なので、足を踏みつけて登れば山道にたどりつける。
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では、なぜ50分も校庭にとどまったのか?
危機感はあったが共有されなかったのが原因。
避難の判断はあったが決断に至らなかった。
★マニュアルで具体的に決まっていない先に避難して、
「もしも津波が来なかったら」
「トラブルがあったら」ばどうしようとの心配が逡巡をもたらした

14.貞観、慶長タイプを外し続けた地震津波被害想定
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写真は東北大学災害科学国際研究所に展示されている浪江町での津波堆積物剥ぎ取り標本。
東日本大震災以前に調査がされていた。
左端の①が貞観、この標本から津波堆積物を堆積させる巨大津波がいくどもあったことがわかります。

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貞観・慶長の三陸津波についての知見は得ていたが、
「数値シュミレーション」に耐えられる精度の理解ではなかった。
専門家による市民社会への情報提供のレベルに位置づけられていたが、
県の施策とは繋がらないものだった。

15.削除された資料
2010年6月17日 
 パシフィックコンサルタンツ株式会社と宮城県危機対策課との打ち合わせ
 「宮城県から福島県沖の沖合に想定される地震」が検討対象に含まれていた。
2019年7月9日 
 同調査打ち合わせ
 「宮城県から福島県の沖合に想定される地震」は資料から削除を決定
2010年7月12日
 委員レク(長谷川教授)記録には「宮城県から福島県の沖合に想定される地震」はなし
2011年1月27日
 政府自身本部対策局…長期評価見直しについて宮城県に説明
 宮城県の反応
 「貞観地震等の記載は科学的事実であり、書かれることは仕方がないが、
 県としては対応が難しい」
2011年2月
 大川小で総合防災訓練打ち合わせ
 校長…「津波が漏れてというか、越してくることはないんですか」と質問
 石巻市担当職員…「計算上、津波は越してこないことになっている」と回答
2011年3月9日
 予定されていた長期評価記者発表中止(電力の横やり)

16.中止された長期評価記者発表
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貞観津波 遡上距離4km
これが載れば良かった。

2011年3月11日 東日本大震災津波被災

当初は大川小を遡上することが出ていた。
わざわざ小さい数値で計算しなおしている。
限られた防災予算を仙台港に使うため。

下請けパシフィックコンサルタンツは計算資料を提出。
ところが資料を載せないようにした。
資料はパシフィックコンサルタンツに返した。



「東電原発事故10年で明らかになったこと」
 添田孝史 著 平凡社新書

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是非読んでくださいとのことです。

「史料地震学で探る1677年延宝総津波地震」
石橋 克彦 著 
絶版
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<感想>
1.林氏の熱意・行動力・調査力に感動しました。
 これだけのことをやり遂げる根性、根気がなかったら、
 裁判で明らかにすることが出来なかった可能性もあるのではと感じました。

2.私のイメージでは津波が来るまでの時間がわずかで判断したものの逃げ遅れたのかと思っていました。
 報道で大川小の事故は知識として知っていたものの、講演を聞いて時間はたっぷりあったのだと理解できました。

3.過去のデータでは存在していたなんてショックです。
 なぜ隠蔽までする必要があったのか?
 石巻市の対応が最大の原因だったのでは?と思えてなりません。
 人災以外の何物でもないのに、小学校側の対応だけ認められるのは理不尽だと感じました。


<過去の経験より感じたこと>
1.小学校2年生での現実的な避難訓練(50年前)
 幼稚園の時の避難訓練は上履きから靴に履きかけたらダメというものでした。
 ところが小学校に入ると、避難訓練では「ゆっくり歩きましょう」「靴に履き替えましょう」でした。
 2年になった時、話しやすい若い女性の先生だったのでそのことを話してみました。
 すると、クラス全員に「小さい前に倣えをやってみましょう」
 「その間隔を空けて前の人に続いて駆け足で階段を下りていきましょう」
 と指導してくださいました。
 リハーサルを重ねて、隣のクラスとも打ち合わせ、タイミングが重ならないようにしました。
 上履きから靴への履き替えは無理だったのですが、それ以外は私の理想通りでした。
 結果、短時間で校庭に出て整列も一瞬で終了しました。
 どのクラスよりも早く出てきただけでなく他のクラスが1人も出てこないうちに整列まで完了しました。

 もちろん、朝礼でも褒められました。

 ところが、避難訓練の改革は不発に終わりました。
 理由は「走ってケガをする生徒が出たら困るから」
 「地震は起こるかもしれないという仮想であり、ケガは現実に起こり得る」
 「起きないかもしれない仮想のせいで、ケガをする生徒が出ることは断じてあってはならない」
 「高学年は練習する時間がない」

 正直、何のための訓練か、「避難訓練」ほど意味のない時間はないと思うようになりました。
 当然、生徒もしゃべりながらゆっくりゆっくり歩いています。
 避難訓練ではなく、「地震なんて起きない訓練」で逆効果とも感じました。

2.子供が2年の時PTA活動で知ったこと。(30年前)
 結婚して出産して、子どもが小学校2年の時にPTAの役員になりました。
 広報の副部長になったため、当時珍しかったブラジル人の生徒を広報誌に取り上げることを提案しました。
 全員が賛成してくれましたが、学校側は断固反対しました。
 「検閲してくださって構いませんから」「学校側に不利な内容は書きませんから」
 と交渉すると、
 「実はマニュアルに『外国人の生徒のことを広報誌に載せてはいけない』と書かれてある」と、
 マニュアルを見せてくれました。
 すると別の先生が「そのマニュアルは見せていけないことになっている」と言い、
 また別の先生が「見せていけないということを言ってはいけないことになっている」と言いました。
 それを部員に報告したら、
 「裏マニュアルだ」「どうして写真を撮らなかったの?」と、危機感をあらわにしました。

「避難訓練」を本気でするよりも、目先のケガを心配する行政の体質。
「マニュアル至上主義」もとい「裏マニュアル恐怖症」。
この2つが今回の事故の根底にもあったのではないでしょうか?

災害を真摯に受け止め、現実に起こるものとして認識することの必要性を痛感しています。












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この記事へのコメント

林 衛
2021年03月15日 19:39
ご紹介ありがとうございます。私も調査を重ねましたが,原告団や遺族,地元のみなさん,関連するジャーナリストや研究者のみなさんの取り組みがあって,それに付け足す形での発表です。
例えば,計画以上の裏山避難をした学校の情報を教えてもらい,雄勝小,相川小の裏山に向かいました。バッファーゾーン明示義務をとりあげたのは裁判の原告団です。

民事裁判では具体的に立証する前に判決が確定したため,未解明だった宮城県のはたせなかった役割とその原因究明を続けているかたちですね。
Kawara Nadesiko
2021年03月16日 19:25
返信ありがとうございます。
読んでいただけて感謝です。

林さんを含めて皆様の熱意が、今後の防災を前進させる力になっていくと思います。