第50回 春日井母親大会 記念講演 前川喜平氏「憲法を生かす主権者として」~今 わたしたちにできること~

2月9日(日)、グリーンパレス春日井にて

第50回春日井母親大会が開催されました。

記念講演は前川喜平氏 「憲法を生かす主権者として」~今 わたしたちにできること~


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150席の椅子席がすべて埋まり、前に用意された床席もいっぱいになり、

立ち見のお客さんも大勢いらっしゃるほどの盛況ぶりでした。


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オープニング

松原美智子さん<朗読>

・谷川俊太郎「あさ」

・浜田桂子「へいわってどんなこと?」

・キャロライン・キャッスル「すべての子どもたちのたまに 子どもの権利条約」

・くさばよしみ「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」

オルゴールの奏でる中、スライドに映し出された映像に合わせ松原さんが朗読されました。

改めて、平和の大切さなどが心に染みわたるひと時でした。


いよいよ前川氏の登場です。

開場も熱気に包まれていました。

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講演は憲法と教育基本法をメインに、豊富な知識と巧みな話術で、

時には笑いをもたらし、時には考えさせられる、

素晴らしい内容でした。


細かな内容は後術の「備忘録」にまとめました。

当日のメモを基に文章に起こしているので、タイトル程度をちらっと見て参考にしていただければ幸いです。

詳細は前川氏の著書をお読みください。


<本の紹介>

前川喜平 著 「面従腹背」 

2018年毎日新聞出版1,430円 240ページ

「あったことをなかったことにはできない」

安倍晋三首相と親密な関係といわれる学校法人加計学園が、

国家戦略特区に獣医学部を新設した問題で、

官僚トップの事務次官を務めた著者がなぜ

「総理の意向があった」と記された文書の存在を認めたのか。

「公正・公平であるべき行政が歪められた」として、

安倍政権下で起きた加計学園問題をはじめ「権力私物化」の構造を糾弾する。


そして、「道徳の教科化」や「教育勅語」の復活など、

安倍政権が進める教育政策に警鐘を鳴らす。

さらに、文部科学省という組織の中で、「面従腹背」しながら

行政の進むべき方向を探し続けた38年間の軌跡を振り返る。


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前川喜平/寺脇研 「これからの日本、これからの教育」

2017年 ちくま新書 946円

加計問題での勇気ある発言で時の人となった前文科省事務次官の前川喜平氏と、

「ミスター文部省」と言われた寺脇研氏が、この国の行政から教育まで徹底討論。

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前川喜平 山田厚史「前川喜平「官」を語る」

2018年 宝島社 1,518円

加計学園問題を役所の内側から見た前川喜平・元文部科学省事務次官。

安倍政権下において、政治と官僚の関係はどう変わり、何が問題になっているのか。

財務省の公文書改ざん、加計学園の獣医学部新設をめぐる経緯、

また自身が体験した中学校授業における政治家の「不当介入問題」について、

官邸周辺の官僚たちに権限が集中する構図を指摘。

ジャーナリストの山田厚史氏の質問に答える形で、前川氏が官僚の強さと弱さを体験的に語る。

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「前川喜平 教育のなかのマイノリティを語る」

2018年 明石書店 1650円

学校や教室で、マイノリティの子ども・生徒の生きづらさに共感し、どうかかわっていけばいいか。日本の学校文化のなかで見過ごされてきたマイノリティ問題にとりくんできた現場の教員と長く教育行政にかかわってきた元文科省幹部職員が現状の問題点とこれからの課題を縦横に語りあう。

面従なしの本音トーク!

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今年(2020年)2月29日より寺脇研×前川喜平企画

映画「子どもたちをよろしく」がミッドランドスクエアシネマで上映されます。

そちらも楽しみです。

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ーーーーーーーーーー<備忘録>ーーーーーーーーーーー


第50回 春日井母親大会 記念講演 前川喜平氏

「憲法を生かす主権者として」~今 わたしたちにできること~


実行委員長 挨拶 田中由美

<要旨>

1969年第1回春日井母親大会から50回目の節目の年です。

第2回目には「ポストの数ほど保育園を」をスローガンとし、保育園の数を増やしました。

これほど長く春日井母親大会が続いたのは、実現したい多くの要求があったからです。

先日、大相撲で優勝された力士が「こんな私で良かったのか」と発言され、話題になりました。

私はこう言いたい。

「こんな方が首相で良かったのか?」と。

民主主義・国民主権、平和主義を首相は小学校で学んできたのか?

「募っているが募集はしていない」など、日本語までおかしくなっています。

これほどまでの首相がかつて日本にいたのでしょうか?

先日神奈川県大磯町町議会で首相に対して「猛省を求める」決議が、

12:1で可決されました。

これこそが民主主義ではないでしょうか。

こんな今だからこそモリ・カケ疑惑の中、

「あったことをなかったことにはできない」

という勇気発言をされた前川喜平氏の講演で学んでいこうではありませんか。



記念講演 前川喜平氏

「憲法を生かす主権者として」~今 わたしたちにできること~

<要旨>    (注:段落は勝手につけさせていただきました。)

1.憲法

憲法とは「国民が作って国に守らせるもの」です。

最近は逆転しています。

かけがえのないものであること、それが尊厳です。

「個人の尊厳」は生まれながらすべての人が持っているもので、

憲法13条に基本的人権として「個人の尊厳」が書かれています。

戦争は「個人の尊厳」に一番反します。

「個人の尊厳」からも「平和的生存権」はいえるのです。

そして、「平和的生存権」は日本人だけでなく、世界中すべての人がもっています。

 権力の私物化はあってはならないことです。

国は人のためにあり、人のために国があるわけではありません。

人民が主権者なのです。

それは人類が長い歴史の中で勝ち取ったものです。

憲法前文には「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、(中略)、

これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基づくものである」

日本国憲法は人類普遍の原理で作られています。

だから、日本のものではなく、押し付けられた憲法というのはあたらない。

「檻の中のライオン」では、憲法を守らなければならない権力者を檻に入れなければならないと説明しています。

憲法を守らなければならないのは総理大臣や、大臣たちです。

今、立憲主義が崩れ始めています。

それを放っておいてもいいのでしょうか?

主権者は自覚を持つ必要があります

そして、それは学ぶ必要があるということでもあります。


2.教育基本法

     ※話順を時代順に変えてあります。

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大正時代においても、生徒を客体(教え込む)のではなく、主体とすべきという考えがありました。

及川平治の「動的教育学要領」(1920年)、「動的教育論」(1923年)などが有名です。

動的教育法とはアクティブラーニングであり、現代のものはそれを横文字にしただけなのです。

こんな時代からそうした考え方はあったのです。

私立学校では沢渡清太郎の成城小学校、手塚岸衛の自由ヶ丘学園。

(のちにトモエ学園として引き継がれた)

大正新教育は短い時間に消えていきました。

☆トモエ学園の余談☆

「きしえ」は女性の名前のように聞こえますが、男性です。

ちなみにトモエ学園は黒柳徹子さんが通った学校として有名です。

トットちゃんは窓際でチンドン屋を見ているのに夢中になって小学校を退学になりました。

公立の小学校では悪いのはトットちゃん。

チンドン屋よりも面白い授業をしなければならないという発想はありませんでした。

ご両親が彼女を心配して見つけたのがトモエ学園でした。

トモエ学園では校舎がなく電車の車両が3つありました。

1つが職員室で、2つが教室です。

電車なので、今日はどこに座ろうか、何を勉強しようか、から始まったそうです。

自ら学んでいくその学校は戦時中も実は存在していました。

どうして、存在しえたのか。

それは他の学校から退学した子ばかりが集まったからです。


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束の間で終わった大正新教育。

昭和に入ると、教育勅語の歴史観に基づく教育がさらに強化されました。

教育勅語

「朕(ちん)惟フニ(おもうに)我カ(わが)皇祖皇宗(こうそ こうそう)國ヲ(くにを)肇ムルコト(はじむること)宏遠ニ(こうえんに)德ヲ樹ツルコト(たつること)深厚ナリ(しんこうなり)

我カ(わが)臣民(しんみん)克ク(よく)忠ニ(ちゅうに)克ク(よく)孝ニ(こうに)億兆(おくちょう)心ヲ一ニシテ(しんをいつにして)世世(よよ)厥ノ(その)美ヲ(びを)濟セルハ(なせるは)此レ(これ)我カ國體(こくたい)ノ精華ニシテ敎育ノ淵源(えんげん)亦(また)實ニ(じつに)此ニ(ここに)存ス(ぞんす)」は始まります。」

天照大神から始まった国であるから、臣民は忠にはげみ孝をつくさなかればならない。

修身科は一番大事な科目となりました。


<戦後>
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昭和20年代、昭和新教育が始まりました。

それは大正新教育が再評価されたものでもありました。

昭和22年 教育基本法

憲法がまだ交付されていない昭和22年に教育基本法が制定されました。

それには憲法との兼ね合いがちゃんと書いてありました。

書いてありました、と過去形になるのが残念です。

前文には

「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、

世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。

この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」

ここで、世界の平和に言及しているのと、

根本において教育の力によって、憲法を実現しようと言っているのが大事です。

この教育基本法の全文は2006年改正で消えてしまいました。

ところが目的の2つは残っています。

それが不幸中の幸いです。

〇人格の完成(自立、自分で考える)

〇平和的な国家及び社会の形成者

形成者とは、一員ではなく自ら作り上げていく=主権者ということを示しています。

形成者を育成する。

人間が生きづらい世の中を

行きやすい場所に作っていくことが大事です。

学ぶとは、社会の形成者を育てることです。

社会の形成者とは、参政権を得るということです。

その社会に反対であっても、さんせいけん。(冗談)

学習権は参政権のために必要なのです。

<知る権利>

今の政府は隠そう、隠そう、隠そう、隠そう、隠そうとしています。

メディアは半分以上政治権力に飲み込まれています。

知るということは、参政権のために正しい情報を得るという意味でも重要です。

<学ぶ権利>

知った情報の内容が、どういう意味があるかを知るために必要です。

軍事費はどういう意味を持つのか。

今の税制をどうするのか?

学んで、本来あるべき税制を考えるのです。

愚かな政府は、愚かな人が作り上げています

ここにきている皆さんは愚かではありませんが・・・。

しっかりと学ぼうとする人は、賢明な人となります。

賢明な人からは、賢明な政府が生まれます


敗戦後間もないころは文部省も賢かったのです。

「修身科」はなくなりました。

「あたらしい憲法のはなし」が中学生用の教科書となりました。

数年しか使われませんでしたが。

自由研究では子どもたちが学びの主体となり、

時事問題などを考えました。

学習指導要領は教師のための手引書でした。


昭和23年衆議院が「教育勅語等排除に関する決議」を

参議院が「教育勅語等の失効確認に関する決議」を決議しました。


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教育は画一的なものになっていきます。

昭和33年告示、法的拘束力がある「学習指導要領」、

そして、道徳の時間と詰め込み教育が始まりました。

この時の首相が岸信介、安倍首相の祖父です。

そして、教育勅語が復活しそうになります。

国家が国民に道徳を教えるという考えが復活しました。

天野貞祐(あまのていゆう)、文部大臣もつとめた人ですが、国家が作る国民道徳を推奨しました。

1966年「期待される人間像」が文部省から出版されましたが、

国民道徳は実現しませんでした。

その代わり、道徳の学習指導要領が作られました。

教科ではないので、教科書はありませんでした。

成績もなし。

自由な時間として使われました。

当時は日教組が強かったので、現場では跳ね返せたのです

現代も、若い人がどちらの組内でもよいので入ってほしいものですね。

この動きは戦後の民主化の逆行でした。

沢山の知識を詰め込む

   ↓

良質な労働力を作っていく。

強兵はないものの、富国の担い手を作っていきました。

1961年に全国学力テストが行われましたが、大失敗に終わりました。

どうして失敗だったかというと競争が起こったのです。

1961年に1位だったのは香川県、1962年も香川県。

愛媛県は2位でした。

愛媛県は1963年に1位になりました。

ところが、間引きと田植えが行われたのです。

まびき=成績の悪い子を休ませる

田植え=先生が正解を教える

これは不正です。

弊害が大きいということでやめになりました。

文部省自身が悪いと反省したのです。

もちろん、この当時は私はまだ文部省に入っていませんでした。

先輩からの申し送りで、

全国学力テストだけはやっちゃいけない

と言われたのです。


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1980年代はその反省が生まれた時期でした。

「ゆとり」が必要だと、「ゆとり教育」が始まりました。


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2000年代後半から「ゆとり教育」バッシングが始まりました。

ゆとり教育のころに文部省に入りました。

「臨時教育審議会」が当時の中曽根康弘首相の主導で作られました。

中曽根元首相は国家主義者で自主憲法を作るのが目的でした。

ところが、本来の目的とは違う方へ行ってしまいました。

3つの視点があります。

①「個性重視の原則」

 ・個人の尊厳が大事。

 ・自己責任(新自由主義)も入り込んでいる。

②「生涯学習体系への移行」

 体系の系が重要です。

 学校中心から生涯教育へ。

 ・いつでも、どこでも、だれでも学び続ける社会が大事。

 学習は個人が主体です。教育は上から目線です。

 「学問の自由」はすべての人が持っています。

 学問はすべてを含んだ言葉で、小学生が文字をならうのも自らの意志で学ぶ学問なのです。

③「国際化、情報化など変化への対応」

 高齢化も含まれますよね。

これら3つの視点は「学習者の主体性を大事にする」ということです。

(旧)教育基本法・憲法の理念を再確認しました。

中曽根さんにとっては当てがはずれたことでしょう。

中曽根氏は回顧録(長生きしたので何度も出しています)の中で、

失敗の原因について、何度も触れています。

・会長の人選を間違えた。(岡本氏は学者、学者ではなく財界人にすべきだった)

・事務局を文部省にまとめた。


私(前川氏)自身は、この答申に勇気づけられました。

ゆとり教育は詰め込み教育の反対側にあります。

生涯学習の中で「自ら学び自ら考える力」を身につける。

学ぶ力も大切です。

福井県の永平寺の道元禅師は・・・。(中断)

いつまで話していても良かったのでしょうか?

覚えても要らなくなった知識があります。

→「ゆとり教育」では無理に覚えなくても、調べればよい、とされました。

 例えば埼玉県の県庁所在地はかつて、浦和市でしたが、現在はさいたま市です。

 日本で一番古い硬貨は、和同開珎と覚えましたが、現在は「富本銭」です。

賢い主権者が必要とされました。


ところが、2000年代のゆとりバッシングでは、

学力低下を理由に右翼的なバッシングを受けました。

賢い主権者は要らない。


2001年に文科省へ入りました。

細川政権、村山政権、民主党と政権交代を体験しました。

面倒だったけれど、日教組の方とも仲良くなりました。

村山内閣では、与謝野馨(与謝野鉄幹・与謝野晶子の孫)が文部大臣でしたが、

その秘書官でした。

細かいことは全部任せ、大事な時には起きる。

そんな人でした。

この頃の自民党は今とは違っていました。

河野談話(1993年)・村上談話(1995は、反省の歴史教育でした。


ところが、自民党の中にも反対する人たちがいました。

1997年には、

「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」・・・安倍晋三氏が事務局長を務めました。

 中川昭一氏など。

「日本会議」もこの年に始まりました。

どちらも歴史修正主義です。

「歴史修正主義」とは歴史を政治的にねじまげて解釈することです。

歴史修正主義と言いますが、私的には修正は正しくなおすことなので、

歴史歪曲主義と言いたいところです。

偽造、捏造、あべしんぞう。(笑い)

「あったことをなかったことにする」

例・南京大虐殺

・従軍慰安婦

・沖縄集団自決・・・愛国心から自決、軍部の強制はなし

歴史が検証したことを頭ごなしに否定します。


2000年から行われた「教育改革国民会議」ですが、

森喜朗内閣の時に「教育改革国民会議報告―教育を変える17の提言―」が提出されました。

復古主義が顕著となっていました。

道徳は教科化されました。

・「教育の原点は家庭」であることを自覚する。

・奉仕活動を全員が行うようにする

参政権を18歳にしようと言い出されました。


2006年教育基本法も改正されてしまいました。

道徳心や公共が大事とされるようになりました。

本来であれば、「我々の中にあるべきもの」が、

「国が国民に与えるもの」とされたのです。

それでも、国家権力が教育に口出ししてはいませんでした。


2006年は第一次安倍内閣の年です。

当時の文部科学大臣は伊吹文明という人です。

「自分より偉い人はない」というひとなので、

イブキングと呼ばれていました。

彼は教育基本法の改正は行いましたが、道徳の教科化は反対しました。

なぜなら、「日本古来の道徳は武士道だけではない」という考え方を持っていたからです。

近江の出なので、「三方よし」の商人道も大事にしていたのです。

「三方よし」とは、売り手・買い手・世間を指し、

売り手の都合だけではなく、買い手のことを考えた商売と、商いを通じた社会貢献を意味するそうです。

1890年代の教育勅語ではなく、もっと古い方を大事にしていたのですね。


2007年全国学力テストが開始されました。

中山成彬(なかやまなりやき)文部科学大臣が小泉首相に復活を提案。

(「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」会長、日教組解体)

中山氏は反ゆとり教育派。

でも、えらかったのは、現場の声を聞く、スクールミーティングをしたこと。

ところが、母校(宮崎県小林小学校)で現場から「ゆとりの時間は不要」との声を聞き、

「子どもたちは競争することで伸びる」と、全国学力テストを再開させました。


そして、第二次教育勅語の復活が現実味を増してきました。


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2013年、第二次安倍内閣は、「教育再生実行会議」を発足させました。

当時の国務大臣(教育再生担当)は、下村博文氏です。

ボールを投げる側も受け取る側も同じになりました。


2017年、第三次安倍内閣

「憲法や教育基本法に反しない形」で教材として使用を認める

閣議決定をしました。

全部教育基本法に反するから、衆議院で排除決議、参議院で失効決議がされたのに、おかしいですね。

反しない範囲があるとは、憲法の意味を理解しているのでしょうか?

羽生田氏の事務所には教育勅語の掛け軸が掲げられています。


2018年、道徳の教科化が行われました。

<道徳教科化の意味>

教科化が行われたといっても、教科もどきの存在でした。

国語・算数などの教科は

①検定教科書

②教師に免許が必要

③評価が行われる

です。

道徳では

①検定教科書を用いる(問題あり)

②成績をつけるが、数字はつけない。 記述式で評価。

難しいため例文集からの抜粋が多かったようです。

ただし、アクティブラーニング(大正新教育でも行われていました。)は残っています。

教師向けの解説では、

〇ひとつの価値観を押し付けてはいけない。

〇子どもたちが考え、議論すべき。

となっていました。


教科書は問題があるものがたくさんありました。

<例1>

「つぎのうち正しい挨拶はどれでしょうか?

  ①おじきと「おはようございます」のあいさつを同時にする。

  ②おじぎをしてから「おはようございます」のあいさつをする。

  ③「おはようございます」と言ってからおじぎをする。

正解は2ですが、どちらでも構わないのではないでしょうか?


<例2>

「かぼちゃのつる」小学校道徳 東京書籍

  かぼちゃはつるをどんどん伸ばしていきます。

  みつばちやちょうなどが「あまり伸ばし過ぎてはいけないよ」と忠告しますが聞き入れません。

  どんどんつるを伸ばして、とうとうトラックがつるを轢いてしまいました。

  伸びたいようにすると痛い目にあうという寓話です。

私は引いたトラックが悪いと思いますが、それはそっちのけでかぼちゃが悪者ですね。

自己抑制を求めていて問題があります。


<例3>

「星野君の二塁打」

ランナーが本塁に戻ればさよなら逆転の場面。

監督は送りバントを星野君に指示します。

しかし、バントでは同点に持ち込むのがやっと。

星野君は自信がありました。

そこで、監督の命令の送りバントではなく、思い切りバットを振ります。

結果は二塁打。試合に勝つことができました。

ところが監督は「試合に勝ったけれど決まりを破った」と試合出場を禁止します。

ここで、「送りバント」とは自己犠牲を意味します。

星野君は自分の判断で二塁打を打ったのです。

自分の考えに基づく判断は、ペナルティーを科す。

それは誤った考えではないでしょうか?


同じような話でワールドカップの南アフリカ戦の話があります。

最後のプレーで逆転勝利しました。

ヘッドコーチはエディー・ジョーンズ。

彼は「ペナルティーキックで3点入れろ」と命じます。

ところが、3点では引き分けになってしまいます。

選手はスクラムを選びトライし、5点を獲得。

逆転勝ちをおさめました。

監督は、選手たちをほめたのです。


星野君の話を使うならエディー・ジョーンズの話もすべきと思います。


これらの教科書に対して現場はどう対応したのでしょうか?

<中断読み>

現場は「中断読み」を行いました。

〇みなさんが、星野君だったらどうしますか。

〇監督だったらどうしますか

最後まで読んだとしても

〇キャプテンだったらどうしますか?

 ①監督と同じ

 ②監督に抗議

 ③監督にやめてもらう


私は憲法改正を行うのなら、首相リコールを是非入れて欲しいと思います。

学校の校則は厳しくなっています。

スタンダードと称して下着の色まで決められています。

学校が軍隊式になっているのです。


運動会の行進のときの、「ぜんたい止まれ」の

「ぜんたい」は「全体」ではなく「全隊」なのです。

軍隊の行進の練習をしているわけです。

歩き方の練習はそれほど大事には思えません。


軍隊式教育が復活しようとしています。

子どもたちが生きづらくなっています。

不登校が非常に増えています。


国体思想は旧漢字で書くと分かりやすいです。

「國體」と書きます。

日本は天皇が収める国家で、天照大神を祖とします。(神話国家)

国が始まった時から天皇は存在し、天皇に忠をつくさなければなりません。

国は大きな家であり、天皇は父です。

臣民は天皇の赤子であります。

このような考え方を道義国家といいます。

国は家が集まってできていて、家の中で一番偉いのは家長です。

この考え方を家族国家といいます。

家族国家・道義国家・神話国家 こういった考え方の人が現在権力を握っています。


これでは賢い人は育たなくなりますね。


ところで、選挙権が18歳に引き下げられましたが、

1960年代の終わりには、「高校生は未熟だから政治活動はさせるな」

とされました。(69通達)

2015年に69通達は改正されました。

高校生の政治活動の全面禁止はなくなりましたが、

校外のみの活動に限定されています。


一方、いい傾向もあります。

現実的な政治を学校でも扱うべきという動きがあります。

現実的な具体的政治事象を取り扱い、

自らの判断で考えていくのです。

ただ、教師の政治的中立性が要求されていて、これが問題なのです。

「不用意に自説を与えない」とされ、

極端にいえばツイッターで自分の考えをつぶやくことすらできないのです。

私は教師が自分の考えを言ってもそれはいいと思います。

その代わりに自分の考えと違う考えも紹介すればよいのです。


<ドイツでの政治教育>

1976年 ボイテルスバッハ合意(ボイテルスバッハ・コンセンサス)

ボイテルスバッハは地名です。

ここで、政治教育者らが議論して発表した、政治教育の基本原則です。

3つの原則からなります。

①圧倒の禁止の原則

 自分の見解を押し付け、生徒の判断を妨げてはいけません。

②論争性の原則

 論争のある事項については、授業においても議論があるものとして扱う。

③生徒志向の原則

 自分で考える


3.生活を壊す増税

租税教育では、「納めなさい」で終わってはいけません。

税金をどう取るのか?

税金をどう使うのか?

これらを学ぶ必要があります。

主権者としてこれは大事な事なのです。


4.表現の不自由展その後

河村たかし名古屋市長は、歴史修正主義者です。

権力者が表現の自由を妨げてはいけません。

そこへいくと大村愛知県知事はまともです。

かれは表現の自由は最大限に保障されなければならないと言っています。

助成金交付を辞めた理由を政府は「手続き的な不備」と、

役人のせいにしています。

政権が嫌悪感を持っていることは明らかで、重大な侵害です。


質問コーナー

質問1

外国人労働者の人権

回答

入管法では「労働力」としてとらえ、「移民政策ではない」としています。

人間らしく暮らせるように、用意する必要性があります。

また、日本での語学能力を学ぶ費用は無償であるべきです。

現在対応しているのは、夜間中学のみです。

行政は「日本語が話せるようになってから来てください」という態度ですが、

それは間違っています。


子どもと親の共通言語がなくなるという問題も起きています。

学校で子どもは日本語をならい、兄弟は日本語で会話が通じます。

一方、親は母国語しか話せないので、会話が成り立たなくなってしまいます。

外国人の親にも学習を義務化する体制を作るべきです。

子どもには母国語を学ぶ機会を作るべきです。

外国人学校を大切にしていく必要性があります。

彼らは文化と文化の架け橋となり得ます。


大阪では母国語の学習の機会が与えられている学校もあります。

フィリピン人の生徒が10人第二外国語としてタガログ語を学んでいます。


多文化でもそれぞれの国の人同士だけが固まってしまうと、

分断している社会になってしまいます。

教育の場でも共存していく社会を作っていく必要があります。

そして、参政権も必要です。


質問2

①政治家になる気は?

②「そんたく」官僚については?

③桜を見る会については?

回答

①政治家になる気はございません。

 若い女性が政治にでるべきだと考えています。

②忖度官僚については、つきものといえばつきものと思います。

 官僚主導はいけません。政治主導は正しいです。

 しかし、官僚が政策の選択権を作る必要はあります。

 私自身は面従腹背でした。

③桜を見る会について

 政治の私物化の最たるものです。

 政治の私物化には官僚も背かなければなりません。

 政治主導とは異なるからです。

 今は安倍政権が続いていますから、面従腹背の人さえも減っていることでしょう。

 税金で支払うのはおかしいです。

 公職選挙法を変えるべき。

 特に今回のケースは通常の違反の2倍にすべきだと思っています。

 前夜祭は公職選挙法違反であることは明らかです。

 検察が動かないという人事が恐ろしいです。

 警察が息のかかった人ばかりでは犯罪者がつかまらない社会になりかねません。


質問3

自民党に代わるべき党はどこですか?

また、どの党に入れたらいいですか?

回答

今の安倍政権は危険です。

立憲主義を守る政党に入れるべきです。

統一候補がたつのが、一番良いと思っています。

足の引っ張り合いで安倍政権に対抗できないことはやめてほしい。


スペイン内戦でフランコ将軍が共和主義をやぶりました。

対抗勢力は存在しましたが、足の引っ張り合いで一本化できなかったからです。


ものを考えている人・・・一致団結できない

ものを考えていない人・・・一致団結してしまう

傾向があります。

考え方の違いを乗り越える必要性があります。


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<感想>
まず、大正新教育は白樺派の影響ぐらいしか知らなかったので新鮮でした。
そして、昭和新教育はその流れを汲むのですね。

ゆとり教育については、子どもの授業参観に行ったとき、
まともな授業ではなくがっかりした覚えがあります。
ただ、それはゆとり教育の思想が悪いのではなく、
現場の教師が「自分で考える」ことが出来ず、
どう、指導したら良いか分からなかったためと考えています。
それを逆手に「ゆとり教育」の発想そのものを悪者にし、
軍隊式教育を推し進めるなどもってのほか、と思っています。

2012年以降の動きは恥ずかしながら、全然着目していませんでした。
バブルの続きのような気が続いていたのです。
改めて勉強が出来て本当に良かったです。

本題の「憲法を生かす主権者として」
~今 わたしたちにできること~
ですが、私は学び続けることだと捉えました。

先生の講演を聞いていて感じたことですが、
順調満帆な時代にも、軍国化の芽は息づいていました。
目立たず、時を待っていました。

逆のこともまたあり得るのです。
安倍独裁政権下、面従腹背もしなければ生きづらいこの世の中です。
でも、いつかチャンスは訪れます。
その時のために、何をすべきか、誰を選ぶべきか、
学び続けるつもりです。



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